僕もう疲れたよ、は、ネロの名言
フランダースの犬は泣けると思うけど、涙したことは一度もなかったりします。
てか、映画とか漫画とか小説とかそういう類のもので泣けたことって数えるほどしかございません。
ええ。感性の腐った人間です。
いやさ、確かに誰かが死んだらかわいそうだし泣けると思うよ。でも同情の涙って、結局自分の方が優位に立ってるっていう奢りのもと存在しているモノのような気がしてしまうのさ。良かったねの涙も同様。
泣けるってのはひとつの方向性として間違ってないと思うし、良いことだとは思うんだけど、私にゃ無理だ。どうしても。
笑い涙はしょっちゅう流してますけどね。
ええ。腐れ外道ですよ私なんて。
で、まあ。疲れたよの話。
とりあえず毎日ここの更新してたけど、ちょっとさすがに疲れたな、と。てかぶっちゃけネタがねえ。
別に自己満足だしわざわざこうして表明する必要もないんだけど、一応。
今日から不定期更新ブログになります。
たぶん。きっと。
染み付いた習慣が抜けるかどうかは知らないけど。
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コメント
人は自分が可哀想で泣くことしかできないとかって、何かのセリフでありませんでした?
誰かが死んでも、その人を失った自分が可哀想で……みたいな感じの?
本当につらいときって涙なんか出ませんでしたよ(^^)私は。
投稿: 宝乃香 | 2008年12月 6日 (土) 19時57分
その台詞は知らないですね。
でもその感覚は解る気がします。
悲しかったときも、何だか感情が飽和して泣けませんでしたね。
涙が零れることだけが泣くことではないんですけど、こんなときに泣けない自分って、とは思いました。
まあ、だから何だって話ですが。
投稿: のる@管理人 | 2008年12月 6日 (土) 21時26分